翔陽初の看取り
こんにちは。
山陽小野田市にある有料老人ホーム翔陽です。
令和元年8月にオープン、あっという間に7年半が経過しました。
そんな翔陽で初めて看取りをしたのは、令和元年8月です。
最期まで過ごせる施設を目指して始めましたが、
介護保険制度が何か、訪問看護とは、訪問介護とは、往診とは・・・
右も左もわからない中で紹介を受けた方でした。
しかも50代、この方は今でも翔陽の最年少です!
ケアマネさんから紹介を受け、ご本人やお母さんにお会いしました。
遠方から山口に戻られ、なんと九州の病院に行く予定で紹介状を貰っていたので主治医が不在、
でもご本人は動けなくなり遠方の病院に受診という状況ではなく、
お母さんに負担をかけたくないから施設に入りたいとのことでした。
一体何からすればいいのか・・・
病院勤務しかしたことのない若社長と私は本当に知識がなく、
ケアマネさんと往診を受けて頂いた病院に助けてもらって始まった施設生活となりました。
入居前日、車椅子に乗ったご本人と一緒に病院へ受診。
そのまま施設を見学して、ご自宅に帰られました。
入居当日、お母さんから「様子がおかしい」と連絡を受け訪問。
前日と比較して意識が朦朧としており、このまま自宅で最期を過ごすべきではと提案もしました。
しかしご本人の強い希望で施設へ移動、正直車中で何かあるのではとヒヤヒヤしました。
病院で看護師をしていると、当たり前ですが病状が悪化してから入院した患者さんとお会いします。
急激な悪化を目の当たりにして、病院との違いをここで感じました。
ただこれはまだ序の口でした。
施設で点滴を始める、持続的に鎮痛鎮静剤を使用する機械、麻薬を使用して苦痛緩和・・・
【在宅医療】ってすごいんです。
病院と同じことがもっと簡単な機械を使用してできるんです。
そして1番ビックリしたこと、それは点滴の量や内容をご本人とご家族と先生が相談して決めるんです。
先生がオーダーした点滴や薬を指示通りに行うではなく、
ご本人・ご家族の想いと先生の想いをすり合わせて納得の上で行う点滴を初めてみました。
そして食べ物。
病院にいると病院食しか提供できませんが、
ご家族が持ってきたアイスやジュースを食べたい飲みたい時に口にすることが施設ではできるんです。
たくさん買っておきたいからとお母さんは施設入居の際に冷蔵庫を購入されました。
施設の冷蔵庫で預かる旨伝えましたが、「娘にできる最後のことだから、買ってやりたい」と。
私にとって忘れられない言葉となりました。
そして最期の日。
お母さんはもちろん、遠方から帰省された妹さん・弟さん、ご親戚の方に見守られる中永眠されました。
お母さんが事務所に来て、「最後の呼吸を終えたようです」と。
心電図等がついていない状態で最期を迎えるということ。
病院にいると「心拍が落ちているな、そろそろかな」と思いながら業務調整を行います。
不要な機械がつくことがなく、本当に自然な形の最期となりました。
「苦しくない最期を」これは皆が思うことで、そんな最期を目指して援助を行います。
でも実はそれは当たり前のことで、「あたたかい最期を」そう思うようになりました。
「病気をみる」ではなく「人をみる」、これが在宅の世界なんだなと感じることができた5日間となりました。
☆その後☆
亡くなられた方の叔母さんにあたる方が入居されました。
お母さんとのお付き合いはその後も数年続き、面会に来られるたびに私たちにと差し入れを持ってきてくださいました。

翔陽の事務所にお菓子が常備してあるのはその名残です(笑)
本日のブログ担当:翔陽の司令塔
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